さあ今週もドラゴン桜について書いていきます。
ドラゴン桜については他の記事も書いてますのでよろしければどうぞ。
簡単にあらすじをいうと
東大専科vs藤井くんの2度目の勝負
今回は共通テストということで東大専科の勝ち目は薄い
そこで桜木先生がいつも中庭で虫を捕まえている健太をスカウトし、
健太とその友達が覚醒して勝っちゃった。
こんな感じです。
今回書きたいのは、健太の覚醒の話でもなく
藤井くんに勝った爽快感でもありません。
今回、健太が覚醒したシーンで理事長が桜木先生に問いただすシーンが印象的でした。
「健太が伸びたのはあんたが掲げてきた自由な校風があったからだ」
↑確かこんな感じ。桜木先生が理事長に言う場面です。
健太は狭い教室で授業を受けることはできなかったけど
広い庭で、目で覚えて勉強することはできたのです。
普通に学校に通っていれば、机に座って、教科書を読んで、先生の話を聞いて・・・
勉強といえばそれ、と誰もが思うでしょう。
自主学習もそうですよね。
自宅の机に向かい、黙々と問題を解く。
しかし、今回のドラゴン桜では、そんな画一的な勉強法へのクエスチョンがあったように感じます。
授業とは基本的に受け身であり、自分で学ぶことは決められません。
だから受け身になっちゃうんですね、無意識に。
でも、この感覚が当たり前になったらまずいですよね。
「勉強は受け身である」とそんな感覚でいては確実に困ります。
「誰かが教えてくれる」「大人や先生が言っていたことだけやればいいんだ」
という思考になりかねません。
そこで、山手線ゲームをやったり、クイズを作ったり、色々な工夫をして学び方にバリエーションを出すことが大切です。
思えば、私も教師時代は、「生徒たちが授業を考えて、互いに授業しあう」という時間を取っていました。
こういう時間を取るのはもの凄く勇気がいることでした。
ただのおふざけになってしまう可能性もあるし。
しかし、実際にやってみるとその心配は無用でした。
生徒たちは必死で教科書を読み漁り、クラスメイトにどうすれば一番伝わるのかを考え、教具を作る。その姿がとても印象的でした。
更には、その単元の出来はとても良かったです。
つまり、数十年と続いてきた授業スタイルが必ずしも正解ではないということです。
「それが当たり前だから」というのは完全に思考停止です。
「何が一番いい方法なのか」を常に模索し続けなければいけません。
そのためにはまず「試してみること」です。
どんな評判だろうと、噂を聞こうと
「自分に合うかはやってみないと分からない」のです。
「そんなの意味がない」というのはとてももったいないことです。
結局何が言いたいのか分からなくなりましたが
ドラゴン桜はめっちゃ面白い!ということですね!
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